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撃沈日記③ 初めてのデートに誘ったら、やんわり断られた話

前回の失敗から一週間ほど経った頃だったと思う。

懲りずに「いいね」を送り続けていた私のもとに、また新しいマッチングが届いた。

そこから数日、慎重に——本当に慎重に、前回の反省を生かして——メッセージのやりとりを重ねた。短く返す。即返ししない。「いつか会いたい」とは言わない。

そうしているうちに、気づけば二週間、会話が途切れずに続いていた。

そろそろ、誘ってみてもいいのではないか。

布団の中で、その考えが頭から離れなくなった夜のことだ。


デートに誘う文章を何時間もかけて考えた

会話が続いている相手を、初めて誘う。

これがどれほど難しいことか、実際にやってみるまでわからなかった。

「今度会いませんか」——シンプルすぎる気もする。重く思われないか。 「もしよければお茶でも」——軽すぎるだろうか。本気度が伝わらないのでは。 「お話の続き、直接できたら嬉しいです」——気取りすぎていないか。

夕食後、リビングのソファに座って、スマートフォンを片手に文章を考え始めた。

気づけば、外はすっかり暗くなっていた。

何度も書いては消し、書いては消し。テレビでは見たくもない通販番組が延々と流れている。隣の部屋からは何の音もしない。一人暮らしの部屋に、私とスマートフォンの画面の光だけがあった。

最終的に、こう書いた。

「いつも楽しくお話しさせていただいて、ありがとうございます。もしよろしければ、今度実際にお会いしてお話しできたら嬉しいなと思っています。〇〇さんのご都合のいいときに、近くのカフェなどでいかがでしょうか」

書き終えたときには、時計の針は11時を回っていた。

たった数行の文章に、3時間近くかけていた。仕事の企画書なら、これより短い時間で仕上げられる。我ながら、何をしているんだろうと思った。


送信ボタンを押す直前の葛藤と緊張

文章はできた。あとは、送信ボタンを押すだけだ。

——だけ、のはずだった。

指がボタンの上で止まった。

これを送ったら、もう後戻りできない。「ただ話すだけの関係」から「会うかどうかを決める関係」に変わってしまう。今のやりとりが心地よいなら、このままでもいいのではないか——そんな考えが浮かんでは消えた。

いや、それは違う。会話だけを続けていても、何も始まらない。誘わなければ、関係は前に進まない。わかっている。わかっているのに、指が動かない。

53歳にもなって、メッセージの送信ボタン一つにこれほど緊張するとは、自分でも想像していなかった。

学生の頃、好きな人に電話をかける前の緊張感を思い出した。あのときと同じ、いや、もしかしたらあのとき以上の緊張感だった。

深呼吸を一つ。

ボタンを押した。

送信完了の表示が出た瞬間、心臓がドクンと音を立てた気がした。


返信を待ちながらスマホを握りしめた時間

送ってしまえば、あとは相手の返事を待つだけ。

そう自分に言い聞かせて、スマートフォンを枕元に置いた。布団に入って目を閉じた。

——眠れるわけがなかった。

5分も経たないうちに、また画面をつけて確認した。通知なし。当然だ、もう深夜近い時間だった。

それでも、確認せずにはいられない。一度確認すると、安心するどころかますます気になってしまう。スマートフォンを置いては、また手に取る。それを何度も繰り返した。

「相手にも生活がある」「すぐ返ってくるわけがない」——前回学んだはずのことを、頭ではわかっているのに、心がついてこない。

結局、その夜はまともに眠れないまま朝を迎えた。


返ってきたのは丁寧なお断りメッセージだった

翌日の夕方、通知が来た。

心臓が跳ねた。急いで画面を開いた。

「お誘いいただき、ありがとうございます。とても嬉しく思っています。ただ、今は少し忙しくて、なかなか時間が取れない状況です。せっかくお誘いいただいたのに、申し訳ありません」

読んで、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。

文章自体は、とても丁寧だった。怒っているわけでも、嫌がっているわけでもない。むしろ気を遣ってくれているのが伝わってくる文面だった。

でも、結論は「会えない」だった。


「今は少し忙しくて…」という言葉の意味を考えすぎた

「今は少し忙しくて」

この一言が、頭の中をぐるぐる回り始めた。

本当に忙しいのか。それとも、やんわりと断るための言い回しなのか。「今は」ということは、いつかは時間ができるということなのか。それとも、もう関わりたくないという意味の遠回しな表現なのか。

言葉の裏を読もうとすればするほど、答えのない迷路に迷い込んでいく。

会話は続いていたはずだった。楽しくやりとりできていたはずだった。なのに、誘った瞬間に距離ができた。

——いや、もしかして誘うタイミングが早すぎたのか。 ——それとも、誘い方の文章がよくなかったのか。 ——あるいは、最初から「会う気はない」と思われていたのか。

考えても、答えは出ない。出ないとわかっているのに、考えるのをやめられない夜だった。


断られたショックと、それでも立ち直ろうとした気持ち

正直に言う。結構なショックだった。

二週間、慎重に言葉を選んでやりとりしてきた時間が、頭の中を巡った。「うまくいくかもしれない」という淡い期待があったぶん、断られたときの落差は大きかった。

その夜は、お酒を一杯だけ飲んだ。誰かに話したい気もしたが、こんなことを話せる相手も、こんな時間に話せる相手もいない。

結局、自分の中だけで処理するしかなかった。

それでも——ここがポイントなのだが——「もうやめよう」とは、不思議と思わなかった。

悔しさはある。情けなさもある。でも同時に、「今回はダメだったが、また次がある」という気持ちが、どこかにちゃんと残っていた。

我ながら、しぶといものだと思う。


なぜ断られたのかを冷静に振り返ってみた

数日経って、少し冷静になれたところで、振り返ってみた。

振り返り1:誘うタイミング

二週間、毎日のようにやりとりしていたわけではない。数日おきに、ぽつぽつと会話が続いていた程度だった。「楽しく話せている」と感じていたのは、もしかしたら私だけだったのかもしれない。相手にとっては、まだ「会う」を意識する段階ではなかった可能性がある。

振り返り2:相手の状況

「今は少し忙しくて」という言葉を、額面通りに受け取ることもできる。実際に忙しい時期だったのかもしれない。相手の事情は、私には本当のところはわからない。わからないことを、わかろうとしすぎていた。

振り返り3:自分の受け取り方

一番反省したのは、ここだった。断りの言葉を、必要以上に「自分への評価」として受け取ってしまったこと。「会えない」は、「あなたに価値がない」という意味ではない。タイミング、状況、相性——いろいろな要素が重なった結果に過ぎない。

そう頭でわかっていても、最初はどうしても「自分が否定された」ように感じてしまう。それ自体は、仕方のないことなのかもしれない。


次はこうしようと決めたこと

この経験から、次に向けて決めたことがいくつかある。

一つ目。誘うタイミングは「相手の温度」をもう少し見てから。自分が盛り上がっているときほど、相手も同じ熱量だと思い込みやすい。会話の頻度・内容・反応の速さなど、もう少し冷静に見極めたい。

二つ目。断られたときの受け止め方を、あらかじめ用意しておく。「縁がなかっただけ」「自分の全部が否定されたわけではない」——この言葉を、断られる前から自分の中に持っておく。そうすれば、いざというときに少しは楽になるはずだ。

三つ目。一つの結果に時間をかけすぎない。誘う文章に3時間かけ、返信を待つのに眠れない夜を過ごし、断られた後も何日も考え込む——これではさすがに身が持たない。次に進むエネルギーを、もう少し残しておきたい。


それでもまた誰かに声をかけようと思った理由

不思議なもので、あれだけ落ち込んだのに、一週間も経つと「またやってみよう」という気持ちが戻ってきた。

理由を考えてみると、案外シンプルだった。

「断られた」という経験は、思っていたより自分を壊さなかった。

落ち込みはした。情けなくもなった。でも、次の日も仕事に行けたし、ご飯もちゃんとおいしく食べられた。「もうダメだ」という感覚には、ならなかった。

「思ったより、自分は大丈夫だった」——この発見が、次への小さな自信になった気がする。


次回:ようやく初めてのデートが実現した話

それから何度か、似たようなやりとりを重ねた。

慣れてきたわけではない。誘うときの緊張は、何度やっても変わらない。それでも、断られ方にも、立ち直り方にも、少しずつ「型」のようなものができてきた気がする。

そしてある日——ついに「いいですよ」という返事が届いた。

53歳、人生で何年ぶりかの「初めてのデート」が、決まった瞬間だった。

その日に何を着ていったのか、何を話したのか、何を失敗したのか——その続きは、また今度。


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