あれは、確か11時をすこし回った頃だった。
リビングの電気を消して、寝室に入って、布団の中でスマートフォンをのぞき込みながら、私は人生で初めて「マッチングアプリ」というものをダウンロードした。
53歳。離婚して3年。子どもは独立。
誰もいない静かな部屋で、画面の光だけが顔を照らしていた。
なぜ始めようと思ったのか
きっかけは、たいしたことじゃない。
職場の後輩——30代の独身男——が昼休みに「マッチングアプリで知り合った人と先週会いました」とさらっと言った。そういう話を、最近よく耳にする。会社の飲み会でも、友人との雑談でも。
ただ、そのときの私の反応は「へえ、そうか」だった。自分とは関係のない話として聞き流した。
ところがその夜、なぜかその話が頭に引っかかって離れなかった。
布団に入っても眠れない。天井を見ながら、ぼんやりと思った。
——私は今、誰かと話したいのだろうか。
離婚してから3年、仕事と家事と趣味だけで毎日が過ぎていった。それなりに充実しているつもりだった。でも「つもり」というのは、そう思い込もうとしているときに使う言葉かもしれない。
誰かと食卓を挟んで話したい。旅先で同じ景色を見たい。帰宅したとき、部屋に誰かがいてほしい。
そういう気持ちが、気づけばじわじわと積もっていた。
誰にも言えなかった理由
じゃあなぜ、こっそりやったのか。
それはもう、単純に「恥ずかしかった」からだ。
50代の男が、マッチングアプリ。
この組み合わせを誰かに言う場面を想像しただけで、顔が熱くなった。
「えっ、アプリ使ってるんですか?」という顔。「へー、そういうの始めたんですね」という顔。何も言わなくても、「あ、さみしいんだな」と思われる感じ。
もちろん理性では「別に悪いことじゃない」とわかっている。いまや出会いのかたちは多様だし、マッチングアプリを使っている人は年代を問わずたくさんいる。頭ではわかっている。
でもプライドというのは、なかなか頭の言うことを聞かない。
部長職に就いて、それなりのキャリアを積んで、そんな自分が「アプリで出会いを探しています」と言うことへの、どこか根拠のない抵抗感。
かといって、職場の出会いに期待できる年齢でもない。合コンに呼ばれる立場でもない。友人に紹介を頼むほど、親しい女性の知人もいない。
選択肢がない、というより、自分で選択肢を狭めていた。
そのことに気づいたのも、あの夜だった。
初めてアプリを開いたときの戸惑いと驚き
インストールして、アイコンをタップした。
最初に目に入ったのは、若い人たちのプロフィール写真の一覧だった。
みんな明るい。みんな笑顔だ。背景もきれいで、服もちゃんとしていて、なんというか——画面全体が、私の知っている世界とは少し違う温度をしていた。
スクロールしながら、じわじわと現実が迫ってくる。
私はここで、出会いを探そうとしている。
その事実が、なぜかこのタイミングになって急に重く感じられた。
「やっぱり場違いかもしれない」とも思った。写真の中の人たちと比べて、自分が場違いな存在に見えた。いや、比べてどうこうという話ではないのだが、比べずにはいられない。
ただ、画面をさらにスクロールしていくうちに——40代・50代のプロフィールも、ちゃんとあった。
中には私と同じくらいの年代の人が、笑顔で写っている。自己紹介文にはそれぞれの人生が書かれていた。仕事のこと、趣味のこと、これからの生活のこと。
「ああ、みんな同じように、ここに来てるんだな」
その気づきが、少しだけ肩の力を抜いてくれた。
プロフィール写真を選ぶのに1時間かかった
さて、問題はここからだった。
会員登録を進めると、プロフィール写真を設定する画面になった。
スマートフォンのカメラロールを開いて、愕然とした。
使える写真が、ほとんどない。
仕事の飲み会の集合写真(ピントが合っていないし、顔が赤い)。旅行で撮った風景写真(私は写っていない)。友人と行った野球観戦の写真(逆光でシルエットになっている)。去年の健康診断の待合室で何となく撮った自撮り(なぜ撮ったのかも覚えていない)。
まともに使えそうな「一人で写っている、比較的最近の写真」を探すのに、30分かかった。
見つかったのは、2年前の元同僚の送別会で誰かに撮ってもらった一枚だった。
西日が当たっていて少し眩しそうな表情だが、まあ笑ってはいる。服装はジャケット。そこまで老けて見えない……と思いたい。
それをメイン写真に設定した。
残りの30分は、「これで本当にいいか」を考えながら他の写真を見直すことに使った。結局もとの一枚に戻った。30分を完全に無駄にした。
自己紹介文が全然書けなかった
次は自己紹介文だ。
入力欄をタップすると、キーボードが現れた。
「……何を書けばいい?」
仕事の書類ならすらすら書ける。メールも報告書も問題ない。しかし、自己紹介文というのは、こんなにも手が止まるものなのか。
「自分」を言葉にするのが、こんなに難しいとは思っていなかった。
最初に書いたのは「53歳、千葉県在住です。仕事はIT系です。趣味はゴルフと読書と料理です。真剣にお付き合いできる方を求めています。よろしくお願いします。」
書いてみて、すぐに全部消した。
——これは履歴書の「趣味・特技」欄だ。
もう一度書いた。今度は少し柔らかくしようとして、「気さくな人間ですのでお気軽にどうぞ」と入れた。
書いてみて、すぐに消した。
——「気さく」って何だ。そして「どうぞ」って何に対して「どうぞ」なんだ。
結局、その夜は完成しなかった。最終的に書いたのは「現在作成中です。近日更新します。」という一文だけで、翌日以降に持ち越した。
「近日更新します」という逃げ文句を書いた自分を、今でも少し笑える。
最初の「いいね」を送るまでの葛藤
プロフィールをとりあえず保存して、相手を探す画面に戻った。
条件を設定して——年齢は40代〜55歳くらい、同じ県内——絞り込みをかけると、何人かのプロフィールが表示された。
一人ずつ読んでいくうちに、「いいな」と思える人が現れた。
料理が好きで、週末はよく出かけているという人だった。写真は屋外で撮られていて、表情が柔らかかった。自己紹介文もさらっと読みやすい。
「いいね」を送るボタンが、画面の中にある。
指が止まった。
——この人は、私の「いいね」を見たとき、どう思うだろうか。
——53歳、バツイチ、プロフィール写真1枚、自己紹介文「近日更新します」。
——こんな状態で送っていいのか。
5分は悩んだと思う。画面を閉じようかとも思った。でも結局、「失礼な行為でもなんでもない。送らなければ何も始まらない」と自分に言い聞かせて、ボタンを押した。
送信完了。
心臓が少しだけ速くなった。
もちろんその夜に返事が来るわけはなかったのだが、それでも画面をしばらく眺めてしまった。
今夜だけのつもりが、深夜まで画面を見ていた
「とりあえず見てみるだけ」のつもりだった。
気がつけば時計は1時を過ぎていた。
インストールからここまで、2時間近く経っていた。
布団の中で画面を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。
恥ずかしさと、少しの高揚感と、「これで本当にうまくいくのだろうか」という不安が混ざり合ったような感覚。
でも、こっそり始めたことを誰にも言えないままでいることの、あの夜の重さは——今思えば、出発点だった。
誰にも言えないことを、ひとりで始める。
それはそれで、悪くない。
次回:最初の「いいね」が返ってきた夜
翌朝、目が覚めて最初にしたことはスマートフォンを確認することだった。
通知はなかった。
「そりゃそうだ」と思いながら歯を磨いて、会社に行って、帰ってきた夜——アプリを開いたら、通知のマークが点いていた。
あの人から、「いいね」が返ってきていた。
その続きは、また今度。
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