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撃沈日記⑫ 「これから」を話す夜、緊張のあまりワイングラスを倒した話

日記⑪で書いた通り、私はうっかり送信ミスをやらかし、Cさん(仮名)に「二股?」と疑われかけた。

正直に事情を伝えたあの夜、Cさんはこう言ってくれた。

「私たちの関係について一度ちゃんと話したいです。」

情けない失敗が、思いがけず「これから」を話し合うきっかけになった。あれから5回目のデートの約束を取り付けるまで、そう時間はかからなかった。

ただ、約束を取り付けてから当日までの数日間、私は妙に落ち着かなかった。「これから」の話をする日というのは、こんなにも緊張するものなのか。


「今日は、ちゃんとしたお店にしよう」と決めた

5回目のデートの店選びを、私は珍しく気合を入れて決めた。

日記⑨で「気取らない定食屋がいい」というCさんの好みを知ってから、普段のデートはできるだけ肩肘張らないお店を選んできた。でも今日ばかりは違う気がした。

「これから」の話をする日くらいは、少し背筋を伸ばせる場所がいい。

そう思って選んだのは、少し落ち着いた雰囲気のイタリアンだった。個室ではないが、テーブルとテーブルの間隔が広く、周りを気にせず話せそうな店だった。予約の電話をかけながら、「今日はちゃんとしたことを言うぞ」と、誰に言うでもなく自分に言い聞かせていた。


また、何時間もかけて言葉を用意した

デート前夜、私はまたやってしまった。

日記③で、初めてのお誘いの文章に3時間かけたことを思い出す。今回は文章ではなく、直接話す言葉だったが、やっていることは同じだった。

「これからも、お付き合いを前提にお会いしたいと思っています」——固すぎる。

「〇〇さんと、ちゃんと二人の関係を作っていきたいです」——「ちゃんと」って何だ、抽象的すぎる。

「他の人とは会わずに、〇〇さんだけと向き合いたいです」——これはこれで、いきなり重くないか。

53歳にもなって、告白のセリフを一人でぶつぶつ練習している。リビングの鏡の前で言葉を試しながら、我ながら何をしているんだろうと思った。それでも、練習をやめられなかった。

結局、完璧な一言は見つからないまま、当日を迎えることになった。


料理が運ばれてくる間、ずっと心臓がうるさかった

待ち合わせでCさんに会った瞬間から、私はいつもと違う自分を感じていた。

いつものデートなら、日記⑩で学んだ「相手に意識を向ける余裕」を持てていたはずだった。でも今日は、頭の片隅にずっと「これから」の話がちらついていて、正直、料理の味もあまり覚えていない。

前菜、パスタ、メイン——コース料理が進んでいく間、私は何度もタイミングを計っていた。

「今、話すべきか。いや、まだ早い。デザートの後か。」

頭の中で何度もシミュレーションしながら、外側では平静を装って世間話を続けていた。今思えば、その平静さは相当ぎこちなかったはずだ。


いよいよ切り出そうとした、その瞬間

デザートが運ばれてきて、コーヒーが出てきた。

「よし、ここだ。」

心の中でそう決めて、私はグラスに残っていた赤ワインを一口飲み、それから深く息を吸った。

「あの、Cさん。今日は、実は少し話したいことがあって……」

そこまで言った瞬間、緊張で強張った腕が、テーブルの端に置いていたワイングラスに触れた。

グラスは、ゆっくりと傾き、そして倒れた。

赤ワインが、白いテーブルクロスの上に、じわりと広がっていった。私の言葉も、そこでぴたりと止まった。


店員さんが駆け寄ってくる中、告白どころではなくなった

「あ、すみません!」

私は慌てて立ち上がり、ナプキンを何枚も掴んでテーブルの上を拭こうとした。店員さんがすぐに気づいて駆け寄ってきてくれて、「大丈夫ですか、お怪我はありませんか」とテキパキ対応してくれた。

幸い、ワインがCさんの服にかかることはなかった。ただ、テーブルクロスは真っ赤に染まり、店員さんが新しいクロスに交換してくれる間、私たちは少し離れた場所で立ったまま待つことになった。

「これから」の話をする、あの神妙な空気は、見事に消え去っていた。

隣に立つCさんの顔をちらっと見ると、口元が小刻みに震えていた。怒っているのかと思ったら——違った。

Cさんは、笑いをこらえていた。


「緊張してたんですね」の一言で、肩の力が抜けた

新しいテーブルクロスに交換され、私たちは再び席についた。

気まずい沈黙が来るかと思いきや、Cさんが先に口を開いた。

「さっき、何か言おうとしてましたよね?緊張してたんですね、珍しく」

図星をつかれて、私は何も言えずに苦笑いするしかなかった。

「実は、事前にセリフまで用意してきていて……全部忘れました」

正直に言うと、Cさんは声を出して笑った。

「そんなに気合入れなくても大丈夫ですよ。〇〇さんらしくないです」

その一言で、肩に入っていた力が、すっと抜けていくのがわかった。


用意していた言葉より、自分の言葉で話せた

崩れてしまった段取りを立て直そうとせず、私はもう一度、自分の言葉で話すことにした。

「うまく言えるか自信ないんですけど……。僕、Cさんと会うようになってから、5回目でこんなに緊張したのは初めてで。それくらい、ちゃんとしたいと思ってるということだと思います。他の方とお会いすることはもうやめて、Cさんとの関係を、真剣に育てていきたいです」

用意していた言葉より、ずっとつたなかったと思う。でも、練習していたセリフよりも、ずっと自分の言葉だった気がした。

Cさんは、少し間を置いてから、静かにうなずいた。

「私も、同じ気持ちです。次に会うときは、もう『マッチングアプリで会った二人』じゃなくて、ちゃんとお付き合いしてる二人として会いたいです」


家に帰ってから、ワインの染みのことを思い出して笑った

デートを終えて、電車に揺られながら、私はさっきの出来事を何度も反芻していた。

用意していたセリフは、一言も使えなかった。何時間もかけて練習した言葉たちは、ワイングラスと一緒に、テーブルの上に消えていった。

でも、それでよかったのかもしれない。完璧な告白より、うろたえながらも自分の言葉で伝えたことの方が、Cさんには響いたようだった。

家に着いて、ソファに座りながら、私はひとり声を出して笑った。

53歳、大事な瞬間にワイングラスを倒す男。かっこよくはない。でも、なんだか自分らしいとも思った。


「これから」が決まっても、撃沈は終わらない

日記①から数えて、8ヶ月近く。ようやく「お付き合い」という言葉にたどり着いた。

ここまで、緊張で言葉が出なかった夜も、油断して自分語りをした夜も、会計でしくじった夜も、送信ミスで冷や汗をかいた夜もあった。今夜だって、大事な場面でワインをこぼした。

撃沈は、これからも続いていくのだと思う。それでも、一つひとつの不格好な瞬間の積み重ねが、ちゃんと今夜につながっていた。

「お付き合い」という言葉は、ゴールではなく、たぶん新しいスタートだ。ここからまた、新しい種類の撃沈が待っているのだろう。

でも今夜だけは、赤く染まったテーブルクロスのことを思い出しながら、笑って眠れそうな気がする。


不格好でも、伝わるものはちゃんとある

用意していたセリフは、結局一つも使えなかった。

それでも、伝えたかったことはちゃんと伝わった。取り繕った言葉より、うろたえながらの本音の方が、相手の心に届くこともある。それを、53歳になって、ワインまみれのテーブルクロスの前で学んだ。

53歳、バツイチ、撃沈12回目にして、ようやく「お付き合い」という言葉にたどり着いた夜。かっこよくは決められなかったけれど、これはこれで、悪くない夜だった。


次回の撃沈日記⑬では、正式にお付き合いを始めたCさんとの、新しい日常について書く予定です。付き合ってからも、撃沈は待っているのか——続きをお楽しみに。