日記⑩で書いた通り、Cさん(仮名)との4回目のデートで「今日、すごく楽しかった」という言葉をもらった。
あの日から一週間ほど、私は珍しく浮かれていた。5回目のデートの約束はまだ取れていなかったが、Cさんとのやり取りは相変わらず続いていて、間隔も空かない。「このまま自然に進んでいけるんじゃないか」という、根拠のある自信のようなものが、初めて心の中にあった。
そんな矢先のことだった。
スマートフォンに、聞き慣れた通知音が鳴った。
新しいマッチング。
「これはどう扱えばいいんだろう」という迷い
Dさん(仮名)という方だった。プロフィールを開くと、旅行好きで、笑顔の写真が印象的な人だった。
正直に言う。少し嬉しかった。Cさんとの関係が順調だからといって、いいねが来ることへの高揚感がなくなるわけではない。それとは別に、頭の片隅で冷静な自分がこう言っていた。
「Cさんとは、まだ何も約束していない。」
付き合ってほしいとも、他の人とは会わないでほしいとも、どちらからも言っていない。マッチングアプリを使っている以上、他の出会いがあるのは自然なことだ。そう自分に言い聞かせて、私はDさんに軽い挨拶のメッセージを送った。
「これくらいは失礼にあたらないはずだ」と思っていた。この判断自体は、今でも間違っていなかったと思っている。問題は、その後の私の浮かれ具合だった。
二つのやり取りを、同時に抱えるようになった
その日から、私はCさんとDさん、二つのチャット画面を行き来するようになった。
Cさんとのやり取りは、いつも通り落ち着いていた。4回のデートを重ねてきた関係だ。お互いの近況を報告し合うような、安心感のあるやり取りだった。
Dさんとのやり取りは、まだ始まったばかりで新鮮だった。最初のメッセージのやり取りが持つ、あの独特の緊張感——日記②で経験した、あの感覚を思い出していた。少し軽い調子で、探り探り言葉を選んでいた。
二つの温度のやり取りを、同時に持つというのは、思っていたより神経を使うことだった。
それでも慣れないなりに、うまくやれていると思っていた。夜、ソファに座って、二つのアプリの画面を交互に開いては返信する。その日までは、それで何の問題もなかった。
夜、うっかりやらかした送信ミス
事件が起きたのは、金曜の夜だった。
その日、Dさんとのやり取りで、少し軽い調子のメッセージを送っていた。「今度お会いできたら嬉しいです」という文面のあとに、「〇〇さんの笑顔、写真からも伝わってきます」と続けて書いた。悪気はない、ただの社交辞令に近い一言だった。
その数分後、Cさんとの画面に切り替えて、5回目のデートの日程調整をしていた。「来週の土曜日、空いてますか?」というやり取りの途中、私はスマートフォンのアプリを慌ただしく切り替えながら返信を続けていた。
そして、送ってしまった。
Cさんの画面に、Dさん宛てに書いたはずの一文を。
「〇〇さんの笑顔、写真からも伝わってきます」
送信済みの表示を見た瞬間、頭が一瞬真っ白になった。
既読がついた瞬間の絶望感
送ってしまったメッセージは、消せない。取り消し機能もない。
「これは、まずい。」
冷静に考えれば、内容自体はそこまで際どいものではない。でも問題は、脈絡がまったくないことだった。日程調整の話の途中に、いきなり「笑顔が写真から伝わってきます」という一文が挟まる。しかも、Cさんとはもう何度も直接会っている関係だ。今さら「写真から伝わってくる笑顔」という表現は、明らかに不自然だった。
数分後、既読がついた。
返信が来るまでの時間が、日記②のあの夜と同じくらい長く感じられた。あのときは期待でスマホを握りしめていた。今回はまったく逆の理由で、画面から目を離せなかった。
しばらくして、Cさんからメッセージが届いた。
「? すみません、それってどなたかと間違えていませんか?」
丁寧だった。でも、その丁寧さが逆に怖かった。
ごまかすか、正直に言うか
指が止まった。
ここで「あ、変換ミスです」とごまかすことは、できたと思う。日記①や②の私だったら、きっとそうしていた。その場をやり過ごすことだけを考えて、適当な言い訳を探していただろう。
でも、日記⑥で学んだことが頭に浮かんだ。断られた後の一言で、株が上がった夜のこと。誠実に伝えることが、結局は一番信頼される。
ごまかしても、いずれボロが出る。それに何より、ごまかすこと自体が、Cさんに対して失礼だという気がした。
私は深呼吸を一つして、正直に打った。
「本当にすみません。実は最近、別の方とも少しやり取りを始めていて、そちらに送るつもりの文章を、間違ってこちらに送ってしまいました。〇〇さんとは何も約束していない状態なので、他の方とやり取りすること自体は問題ないと思っていたのですが、こんな形で知らせてしまう結果になり、本当に申し訳ありません。」
送信ボタンを押す指が、少し震えていた。
二股を疑われても仕方ない状況だった
送ってから、冷静に自分の状況を見つめ直した。
これは、傍から見れば完全に「二股」に見える状況だ。4回もデートを重ねた相手に、他の人へ向けたメッセージを誤爆する。しかも内容が、多少なりとも好意を匂わせるようなものだった。
言い訳のしようがなかった。
Cさんが気分を害しても、当然だと思った。もしかしたら、これでCさんとの関係は終わるかもしれない。日記⑤でAさんが静かにフェードアウトしていったときのことを思い出した。あのときの寂しさが、また来るのかもしれないと覚悟した。
返信を待つ間、私はソファに座ったまま、動けずにいた。
Cさんからの返信に救われた
30分ほどして、返信が来た。
「なるほど、そういうことだったんですね。正直に言ってくれてよかったです。一瞬『二股?』って身構えちゃいました(笑)。私たち、まだちゃんと『これから』の話をしていなかったので、私も他に気になる方がいないわけではないですし、お互い様かなと思います。ただ、次に会うときに、私たちの関係について一度ちゃんと話したいです。」
読んで、肩の力がどっと抜けた。
怒られなかった。呆れられもしなかった。それどころか、「私たちの関係について話したい」という、前向きな一文まで添えられていた。
送信ミスという間抜けな失敗が、結果的に「そろそろ、はっきりさせよう」という会話のきっかけになった。人生というのは、思いがけない形で物事が動くものだと、しみじみ思った。
浮かれていた自分への反省
一晩経って、少し冷静になってから振り返った。
今回の失敗の根本原因は、送信ミスそのものではない。浮かれて、二つのやり取りを雑に扱っていたことだ。
Cさんとの関係が順調だったことへの嬉しさと、新しいマッチングへの高揚感。二つの浮かれた気持ちが重なって、注意力が散漫になっていた。日記⑤で「油断が一番の落とし穴だった」と書いたが、あのときの教訓を、また別の形で繰り返しかけていた。
調子がいいときほど、丁寧さを忘れやすい。これは、53歳になっても変わらない、いや、53歳だからこそ気をつけなければいけないことなのかもしれない。
Dさんとのやり取りは、そっと落ち着かせることにした
翌日、Dさんには「ありがとうございます、ただ今は他の方とのご縁を大切にしたいと思っていて」と丁寧にお伝えした。
失礼な形で始まった今回の一件だったが、皮肉なことに、それがきっかけで、自分が本当に大切にしたい相手がどちらなのか、はっきり見えた気がした。
新しい出会いに心が動くこと自体は、悪いことではない。でも今回、慌てて二つを同時に抱えようとして、結局どちらに対しても中途半端になっていた自分に気づいた。
情けない失敗が、次への扉を開いた
送信ミス一つで、ここまで冷や汗をかいたのは久しぶりだった。
でも振り返ってみると、この情けない失敗がなければ、Cさんと「これから」について話す機会は、もう少し先になっていたかもしれない。日記⑩で感じた手応えが、今回の一件でさらに一歩先に進んだ気がする。
53歳、バツイチ、撃沈11回目。今回は完全に自分のうっかりが原因の撃沈だった。でも、この失敗すらも、次につながる材料になった。
情けなくても、正直でいること。それだけは、これからも変えないでおこうと思う。
次回の撃沈日記⑫では、Cさんと初めて「これから」について話し合った日のことを書く予定です。二人の関係は、どんな形に定まるのか——続きをお楽しみに。