日記⑨で書いた通り、Cさんとの間に金銭感覚のズレを感じた。
食事へのお金のかけ方、休日の過ごし方——根っこの部分が少し違う。それでも、「価値観の深いところで共鳴できる相手なら、生活スタイルのズレは話し合いで調整できる」と思い、続けることにした。
4回目のデートが来た。
正直なところ、少し緊張していた。ズレを知ったうえで会うのは、知る前とは少し違う気持ちがある。「楽しめるだろうか」「また何かズレを感じて、今度こそ終わりになるだろうか」——そういう不安がなかったと言えば嘘になる。
でも今日は、一つだけ心に決めていたことがあった。
「余裕を持って接しよう。」
「余裕を持って接しよう」と心に決めた理由
10回の撃沈日記を書いてきて、私はようやく気づいていた。
うまくいかなかった日を振り返ると、必ず共通点があった。「うまくやらなければ」と焦っていた。「印象よく見せなければ」と力んでいた。「次の話題を考えなければ」と相手の話を半分しか聞いていなかった。
余裕がないとき、私は相手を見ているようで、実は自分のことしか考えていなかった。
今日は違うやり方をしてみようと思った。「うまくやること」を目標にするのをやめる。代わりに、「Cさんの話をちゃんと聞くこと」だけを意識する。それだけでいい。
たった一つの目標を持って、待ち合わせ場所に向かった。
いつもより丁寧に聞くことだけを意識した
Cさんが現れた。挨拶を交わして、席についた。
最初の話題は、Cさんの仕事の近況だった。「最近、少し変化があって」という話が始まった。
以前の私なら、相手の話の途中で「私も昔そういうことがあって」と自分の経験に切り替えていたかもしれない。あるいは、「それはこうすればいいんじゃないですか」とアドバイスを出していたかもしれない。
でも今日は、ただ聞いた。
「それはどういうことですか?」「そのときどんな気持ちでしたか?」——相手の話の中にある言葉を拾って、もう少し聞かせてもらう。評価もしない。解決策も出さない。ただ、Cさんの話が続くように質問する。
Cさんはよく話してくれた。30分ほど、主にCさんが話していた。
私が話したのはその3分の1くらいだったと思う。でも会話が止まることはなかった。むしろ、これまでで一番会話が続いた気がした。
沈黙が来た。いつもなら焦っていた
食事が進んで、デザートが来たあたりで、会話に自然な間が生まれた。
以前の私なら、このタイミングで慌てて「そういえば」と話題を出していた。沈黙が「気まずさ」に変わる前に、必死に埋めようとしていた。
でも今日は、コーヒーカップを持ちながら、そのままでいた。
焦りがなかった。「何か言わないと」という衝動が、今日はなかった。ただ、Cさんの顔を穏やかに見ながら、その沈黙の中にいた。
30秒くらいだったと思う。でも体感ではもっと長く感じた。
そしてCさんが、ゆっくりと口を開いた。「そういえば、さっきの話の続きなんですが……」
Cさんは、その沈黙の中で次の言葉を選んでいたのだ。
私が慌てて話題を変えていたら、Cさんはその言葉を出せなかった。沈黙を待てたことで、Cさんが続きを話してくれた。
「間」を守れた。初めての感覚だった。
会計が、今までと違った
食事が終わり、そろそろ帰ろうかという空気になった。
以前の日記⑧で、私は会計で失敗していた。「割り勘でいいですよ」というCさんの言葉を真に受けてしまい、相手の表情が変わったような気がしたあの夜のことを、今もよく覚えている。
今日は違った。
Cさんが財布を出す前に、さりげなくカウンターへ向かった。ためらわなかった。「出させてください」と大げさに言わなかった。ただ、自然に動いた。
会計を終えてCさんのところに戻ったとき、「ありがとうございます」とCさんが言った。
私は「今日は楽しかったので」とだけ答えた。
それ以上言わなかった。「払ってあげましたよ」という空気を出さなかった。会計後の会話を、すぐに次の話題に戻した。
後から思えば、それだけのことだ。でも以前の私には、できなかったことだった。
帰り際、Cさんが言った言葉
出口に向かいながら、今日のことを話した。「食事、美味しかったですね」「そのお話、面白かったです」——自然な言葉が出てきた。
改札の前で、Cさんが足を止めた。
「今日、すごく楽しかった」
シンプルな言葉だった。でも私には、今までのどの「また会いたい」とも少し違う温度に聞こえた。
「また会いたい」という言葉は、日記⑦で初めて聞いた。あのときも嬉しかった。家でガッツポーズをした。
でも今日の「すごく楽しかった」は、何か違った。
「今日、すごく楽しかった」が違って聞こえた理由
家に帰ってから、なぜ違って聞こえたのかを考えた。
一つ思い当たることがある。
以前の「また会いたい」は、相手がそう感じてくれたことへの驚きと喜びだった。「自分みたいな人間でも、そう思ってもらえるのか」という驚き。
でも今日の「すごく楽しかった」は、驚きではなかった。「そうか、楽しかったのか。よかった」という、穏やかな手応えだった。
驚きが喜びになるのとは違う。手応えが確信になっていく感じ。
その違いが何かと言えば——私が余裕を持って接したからだと思う。相手を驚かせようとした日ではなく、相手を大切にしようとした日だった。
その違いが、相手に伝わった気がした。
「余裕を持つ」とは「自分を消すこと」ではなかった
以前、余裕を持とうとするとき、私は「自分を抑えよう」「自分を出しすぎないようにしよう」と思っていた。
でも今日気づいたことがある。
余裕を持つとは、自分を消すことではない。相手を大切にすることだ。
相手の話を最後まで聞く。沈黙を邪魔しない。会計をさりげなくやる。「楽しかった」と言ってくれた言葉を、シンプルに受け取る——これは全部、自分ではなく相手に意識が向いているときに自然にできることだ。
「余裕」というのは、心のゆとりのことだと思っていた。でも実際には、「相手に意識を向けられているかどうか」だったのかもしれない。
自分のことを考えているときは、余裕がない。相手のことを考えているとき、自然に余裕が出てくる。
53歳にして気づいた、これがすべてだった気がした。
撃沈続きだった自分が、少しずつ変わってきている
ビールを飲みながら、日記を書いている。
10回分の撃沈を振り返ってみる。緊張しすぎて言葉が出なかった夜。自分語りを押しつけた夜。会計でしくじった夜。金銭感覚のズレに気づいて不安になった夜——色々あった。
でも全部、「次にどうするか」を考えるための素材になった。
今夜は、その積み重ねが少しだけ実になった気がする夜だ。
「変わった」とは言えない。でも「変わりつつある」とは言えるかもしれない。10回分の失敗と学びが、少しずつ自分の中に染み込んでいる。
Cさんとの関係がどうなるかは、まだわからない。でも今夜だけは、それより「今日の自分をよくやった」と思いたい。
53歳。まだ変われる。まだ、変わっている途中だ。
まだ、結末は見えない。でも何かが変わり始めた
Cさんとの関係に、まだ答えは出ていない。
5回目のデートがあるかどうかも、まだわからない。金銭感覚のズレが、今後どう影響するかもわからない。マッチングアプリというのはそういうもので、先は読めない。
でも今夜、一つだけはっきりわかることがある。
今日の自分は、1回目のデートに向かったあの自分とは、少し違う。
10回分の試行錯誤が、少しだけ「人と向き合う力」を育てた。焦らなくなった。待てるようになった。相手に意識を向けることが、以前より自然にできるようになってきた。
この変化は、誰かに褒めてもらうものではない。でも今夜のビールは、ひとりで飲む最高の味がした。
次回の撃沈日記⑪では、Cさんとの関係の続きと、新たな出会いの始まりについて書く予定です。変わりつつある私が、次にどんな壁にぶつかるのか——続きをお楽しみに。