正直に言う。今回も「まあ、どうせうまくいかないだろうな」と思いながら向かった。
日記⑥でBさんに断られてから、新たにCさん(仮名)とマッチングして、やり取りが続いていた。デートの約束まで取り付けたとき、嬉しい気持ちはあった。でもどこかで「どうせまた緊張して、油断して、また終わるんだろうな」という諦めも同居していた。
半年近く撃沈を繰り返してきた人間の、正直な心境だ。
そんな気持ちを抱えたまま、私は待ち合わせの場所に向かった。
今回は「聞くこと」だけを目標にした
Cさんと席についてから、私はひとつだけ決めていたことを思い出した。
「今日は盛り上げようとしない。ただ聞くことに集中する。」
日記④で緊張しすぎて何も話せなかった。日記⑤で油断して自分語りを押しつけた。その反省から出てきた、シンプルな目標だった。
話題を用意しないわけではない。でも「面白いことを言わなければ」「うまく場を回さなければ」という気負いを、今回は手放してみた。
Cさんが話し始めたとき、私はただ聞いた。相槌を打ちながら、「それってどういうことですか?」と続きを促しながら。
愚痴が来た。でも今回は違う返し方をした
食事が半分ほど進んだころ、Cさんが少し表情を曇らせながら言った。
「最近、職場の人間関係がちょっと疲れていて……」
以前の私なら、ここで「それならこうしたらどうですか」とアドバイスを出していた。日記⑤のときみたいに「私も昔、職場でそういうことがあって」と自分の話に切り替えていた。
でも今日は違った。
「それは疲れますよね。どんなことがあったんですか?」
それだけ言って、あとは聞いた。
Cさんは少し驚いたような顔をしてから、話し続けてくれた。職場の上司のこと、同僚との微妙な関係、誰にも言いにくかったこと。私はただ「そうですか」「それは大変でしたね」「それで、どうなったんですか?」と続けた。
アドバイスはしなかった。評価もしなかった。ただ聞いた。
話し終えたCさんが「……なんかすっきりした。聞いてくれてありがとうございます」と言ったとき、私の中で何かが静かに手応えを感じた。
沈黙が怖くなくなっていた
デートが続くにつれて、いくつか沈黙の場面があった。
以前の自分なら、沈黙を必死に埋めようとしていた。何か言わなければ、何か話題を出さなければ、と焦って、結果としてちぐはぐな話を始めてしまっていた。
でも今日は違った。
沈黙が来ても、私はコーヒーカップを持ちながら、ゆっくりとCさんの顔を見ていた。
焦りがなかった。沈黙は「埋めなければいけない穴」ではなく、「会話の呼吸」だということが、身体でわかってきた気がした。
Cさんもその沈黙の中でゆっくりと次の話題を選んでいたようで、少し間があってから「そういえば……」と話し始めてくれた。
解散間際の、あの一言
2時間ほど話して、そろそろ帰ろうかという空気になった。
出口に向かいながら、私は「今日は楽しかったです」と言った。本心だった。うまくいったかどうかより、純粋に楽しかった。
すると、Cさんが少し照れたような顔で言った。
「私も楽しかったです。……また会いたいですね」
私は一瞬、聞き間違えたかと思った。
また、会いたい。
半年近くマッチングアプリを使って、何人もの方と会って、何度も撃沈してきた。でも「また会いたい」という言葉を、面と向かって言ってもらったのは初めてだった。
「ぜひ」と答えた私の声が、少し上ずっていたかもしれない。
家に帰って、ひとりでガッツポーズをした
電車に乗って、家に着いて、ドアを閉めた瞬間。
私はひとりで小さくガッツポーズをした。
誰も見ていない。部屋には誰もいない。でも、した。53歳の男が、ひとりの部屋でガッツポーズをした。
それがおかしくて、少し笑えた。そして、なんだか温かい気持ちになった。
ビールを一本開けて、ソファに座りながら、「よかった」とひとりごとを言った。結果がどうなるかはまだわからない。でも今夜は、それで十分だった。
何が変わったのかを振り返ってみた
少し落ち着いてから、今夜うまくいった理由を冷静に考えてみた。
話を聞く姿勢が変わった
日記⑤で相手の話を遮って自分語りをした反省から、「今日は聞くことに集中する」という目標を持ってデートに臨んだ。目標がシンプルだったぶん、ブレなかった。
自分を良く見せようとしなくなった
「面白いことを言わなければ」「頼りになる男を演じなければ」という気負いが、今日はなかった。等身大の自分で話していた。それが逆に自然な会話を生んだのかもしれない。
断られることへの恐怖が薄れていた
日記①から⑥まで、何度も断られてきた。その経験が積み重なって、「断られてもまた立ち上がれる」という感覚が身についていた。その余裕が、焦りのないデートにつながった。
撃沈続きだったからこそ、この一言が特別に感じられた
「また会いたい」という言葉は、それ自体はシンプルな5文字だ。
でも、半年近く撃沈を繰り返してきた人間にとっては、その5文字が信じられないほど重かった。
うまくいかない夜に缶ビールを空けながら、「自分には無理なのかも」と思ったこともあった。「もうやめようかな」と思ったこともあった。それでも続けてきた。
その積み重ねがあるから、今夜のこの一言が特別に感じられた。
撃沈したことは無駄じゃなかった。全部、今夜のこの瞬間につながっていた。
そう思えた夜だった。
まだ、終わりじゃない
Cさんとの関係がこれからどうなるかは、まだわからない。
2回目のデートが実現するかもしれないし、またフェードアウトするかもしれない。マッチングアプリはそういうものだと、もう知っている。
でも今夜は、それを考えるより先に、ただ嬉しかった。
53歳、バツイチ、撃沈7回目にして初めてもらった「また会いたい」という言葉。
この言葉をもらえるような自分になるまで、半年かかった。でもなれた。それが、今夜一番の収穫だ。
次回の撃沈日記⑧では、Cさんとの2回目のデートについて書く予定です。今度こそ、ちゃんと「また会いたい」を繋げられるのか——続きをお楽しみに。