前回の日記④で書いたデートのあと、Aさんから連絡が来た。
「先日はありがとうございました。また機会があれば」
社交辞令かもしれないと思いながらも、私は「ぜひ」と返した。その後も数日やり取りが続き、気づけば2回目のデートの約束が取れていた。
正直に言う。そのとき私は、心の中でガッツポーズをしていた。
「いける。これはいける。」
あの1回目の惨敗から立て直して、2回目の約束まで漕ぎ着けた。53歳にしてこの達成感。でもその喜びが、後の油断につながったとは、このときの私にはまだわかっていなかった。
「もう大丈夫だろう」という根拠のない自信
2回目のデートに向かう道中、私の心境は1回目とまったく違っていた。
1回目は緊張で声が震えた。用意していた話題が全部飛んだ。沈黙のたびに冷や汗をかいた。それが今回は違う。「もう一度会ってくれた」という事実が、根拠のない自信を生んでいた。
「2回目だし、少しくらいリラックスしていい」「もう打ち解けてる相手だから、気を張らなくていい」「1回目がうまくいったんだから、今日も大丈夫」
電車の中でそんなことを考えながら、私はいつもより鼻歌が出そうな気分だった。
その「大丈夫だろう」という感覚が、今思えば一番危なかった。
2回目だからとリラックスしすぎた
待ち合わせ場所でAさんを見つけた瞬間、私は1回目より自然に「こんにちは」と言えた。
席に着いてからの序盤も悪くなかった。1回目の話の続きが自然に出てきたし、Aさんも笑顔で話してくれていた。
「やっぱり2回目は違うな」と思った。
ただ、そのリラックスがだんだん「緩み」になっていくのに、私は気づかなかった。
姿勢がいつの間にか崩れていた。話し方が馴れ馴れしくなっていた。相手のペースではなく、自分のペースで会話を進めようとし始めていた。
1回目に気を張っていたのは、相手への緊張と同時に「相手を大切にしよう」という気持ちの表れでもあったのだと、後になって気づいた。
相手の話を遮って自分語りをしてしまった
決定的だったのは、会話の途中で起きた出来事だ。
Aさんが仕事の話をしてくれていた。「最近、職場で少し変化があって……」と話し始めたその言葉に、私は被せるように口を開いてしまった。
「あー、わかります。私も昔、部署が変わったときに……」
そこから私の話になった。転勤の話、上司との関係、若いころの苦労。気づけば5分ほど自分のエピソードを話し続けていた。
Aさんは「そうなんですね」と相槌を打ってくれていたが、彼女の話は最後まで聞かれないまま終わった。
後から思い返すと、あの瞬間、私はAさんの「聞いてほしい」という気持ちを遮断していた。
何気ない一言で相手の表情が曇った
もう一つ、やってしまったことがある。
食事の話になったとき、私は「最近の若い子ってこういうの好きなんですよね」と言った。
その一言で、Aさんの表情が少し変わった。笑顔はキープしていたけれど、なんとなく温度が下がった気がした。
Aさんは私より10歳ほど年下だ。「若い子」という括り方が、無意識に「あなたを同等として見ていない」というメッセージを送ってしまったのかもしれない。
気にしすぎかもしれない。でも、あの瞬間の空気の変化は確かにあった。それ以降、Aさんが少し壁を作り始めた感じがした。
デート後の連絡が急に淡白になった
デートは2時間ほどで終わった。別れ際、Aさんは「今日も楽しかったです」と言ってくれた。
私はその言葉を額面通り受け取って、家に帰ってから「今日もありがとうございました」とメッセージを送った。
返信は来た。「こちらこそ、ありがとうございました」
……それだけだった。
1回目のデート後は「また機会があれば」という言葉があった。今回はなかった。絵文字もなかった。その後もやり取りを続けようとしたが、返信がだんだん短くなり、間隔も空くようになっていった。
「あ、これは終わりに向かっている」という感覚は、鈍い私でもさすがにわかった。
「なぜ?」と原因を考え込んだ夜
その夜、私はひとりでビールを飲みながら考えた。
何がいけなかったのか。
会話の内容か。店の選び方か。服装か。何か失礼なことを言ったのか。
でも考えれば考えるほど、はっきりした原因はわからなかった。大きな失敗をした記憶はない。だから余計にモヤモヤした。
「わかりやすく失敗したほうが、まだ納得できる。」
そう思いながら、気づいたら缶ビールが3本空になっていた。
1回目との違いを振り返って見えてきた自分の課題
翌朝、少し落ち着いてから1回目と2回目のデートを比べてみた。
1回目は緊張していたが、相手の話をちゃんと聞こうとしていた。質問に答えるだけだったが、少なくとも自分語りを押しつけてはいなかった。沈黙が怖くて、相手に話を振ることを意識していた。
2回目は違った。リラックスしすぎて、自分のペースで話し始めた。相手の話を途中で遮った。「若い子」という言葉を使った。会話のバランスが崩れていた。
つまり、1回目に緊張していたことで保てていた「相手への丁寧さ」が、2回目の油断で崩れていた。
緊張は敵ではなかった。ある程度の緊張は、相手を大切にしようとする気持ちの表れでもあった。
油断が一番の落とし穴だと気づいた
マッチングアプリの話を読んでいると「緊張しすぎない」「自然体でいい」と書いてあることが多い。
それは正しいと思う。でも今回わかったのは、「自然体」と「油断」は似て非なるものだということだ。
自然体とは、肩の力を抜きながらも相手への敬意と気遣いを忘れない状態のことだ。油断とは、その気遣いを「もう必要ない」と錯覚した状態のことだ。
2回目だから大丈夫、慣れてきたから大丈夫——そういう根拠のない安心が、一番の落とし穴だった。
次は気を引き締めて
Aさんとのやり取りは、その後ほとんどなくなった。
フェードアウトというやつだ。誰が悪いわけでもなく、ただ静かに終わっていく。
悔しかった。でも今回は1回目のあとより、少しだけ落ち込みが浅かった。原因に心当たりがあるぶん、「次に活かせる」という感覚があったからかもしれない。
失敗に気づけるようになることが、成長の一歩なのだと思いたい。
次に誰かと会う機会があれば、今度は「2回目でも1回目と同じ気持ちで臨む」を意識しようと決めた。
緊張は武器だった。その緊張の正体が、相手への敬意だったのだから。
次回の撃沈日記⑥では、Aさんとのやり取りがフェードアウトした後、新たに始めた気持ちの立て直しについて書く予定です。何度撃沈しても立ち上がる、その繰り返しが婚活なのだと気づき始めたころの話です。