前回の日記③で、デートのお誘いを断られた話を書いた。
あのときはさすがに落ち込んだ。「やっぱり自分には無理なのかも」と思いかけた。
でもその翌日、別の方からメッセージが届いた。少し前からやり取りを続けていたAさん(仮名)だ。「よかったらどこかでお茶でもしましょうか」と向こうから言ってくれた。
私は震える手でスマホを持ちながら「ぜひ」と返信した。
そして迎えたデート当日。これが今回の話だ。
待ち合わせに向かう電車の中で「よし、落ち着け」と自分に言い聞かせた
待ち合わせは駅前のカフェ、午後2時。
私は1時間前に家を出た。早すぎるのはわかっている。でも「万が一遅刻したら」と思うと落ち着かなくて、結果として駅の近くのコンビニで時間を潰すことになった。
電車の中で何度も鏡アプリを開いた。髪型は問題ない。シャツにシワはない。歯は…大丈夫だと思う。
そして自分に言い聞かせた。
「落ち着け。普通に話せばいい。ただのお茶だ。」
ただのお茶。そうだ、ただのお茶。
でも「ただのお茶」相手にこんなに心拍数が上がるのは、いつ以来だろうか。離婚してから5年。女性と二人で会うのは、今日が初めてだ。
相手を見つけた瞬間、安心と同時にさらに緊張した
カフェに着くと、Aさんはすでに席に座っていた。
プロフィール写真と同じ雰囲気の、落ち着いた印象の女性だった。私に気づいて軽く手を挙げてくれた。
「よかった、ちゃんと来てくれた」
そう思った瞬間、少し安心した。でもその安心は1秒も持たなかった。
椅子に座った瞬間に気づく。目の前に女性がいる。実際に。
画面越しではない。写真でもない。息をして、こちらを見ている生身の人間が、今まさに私の正面にいる。
頭が真っ白になる感覚というのは、こういうことを言うのだと思った。
注文のとき、声が震えた
「何にしますか?」とAさんが聞いてくれた。
「あ、えっと……コーヒーで」
声がかすれた。自分でもわかった。「あ、これは完全に緊張しているな」と客観的に思いながらも、どうにもできなかった。
店員さんが来て注文を告げるときも、なぜかたどたどしかった。ブレンドコーヒーをなぜか「ブ、ブレンドを」と言ってしまった。
Aさんは気づいていたかもしれない。でも何も言わず、にこやかに自分の注文を伝えていた。
この段階で私の心の中では「もうダメかもしれない」という声が鳴り始めていた。
会話のはずなのに、質問に答えるだけになっていた
Aさんは話しやすい方だった。
「お仕事は何をされているんですか?」「休みの日は何をされてますか?」「このあたりはよく来られるんですか?」
次々と質問を投げてくれた。
私はそれに答え続けた。「営業です」「家にいることが多いですね」「たまに来ます」。
……短い。短すぎる。
本来ならここから話を広げるべきだ。「Aさんはどうですか?」と返したり、「実は最近こんなことがあって」と別の話題につなげたりするべきなのはわかっている。
でもできなかった。緊張で頭が回らず、答えるだけで精一杯だった。
「私って今、会話してるんじゃなくてアンケートに答えてるな」と途中から思い始めた。
気まずい沈黙が何度も訪れた
Aさんの質問が途切れると、沈黙が来た。
最初の沈黙は10秒くらいだったと思う。でもその10秒が、30秒にも1分にも感じられた。
私は必死に何か話題を探した。天気。仕事。趣味。このお店の雰囲気。
何かを言おうとするたびに「これは面白いか?」「的外れじゃないか?」「変に思われないか?」というフィルターがかかって、何も出てこなかった。
結局「このお店、静かでいいですね」と言った。
Aさんは「そうですね、落ち着きますよね」と答えてくれた。
またしばらくして沈黙が来た。
用意していた話題が全部飛んだ
実はデート前日、私はちゃんと準備をしていた。
趣味の話。仕事で面白かったこと。最近行ったおすすめの場所。子どもの話をさりげなく出すタイミング。相手への質問リスト。
全部、紙に書いてスマホのメモにも入れておいた。
でも当日、それらは全部どこかに消えた。
脳がフリーズした状態で、事前に準備したことにアクセスする余裕など一切なかった。メモを見ようと思ったが、当然スマホを開くわけにもいかない。
用意周到だったはずの私は、完全な丸腰でデートの時間を過ごしていた。
解散後、家に着いてからどっと疲れた
1時間ほどでお茶は終わった。
「楽しかったです、またぜひ」とAさんは言ってくれた。社交辞令かもしれない。でもそう言ってくれただけでも救われた。
電車に乗って家に帰る途中、じわじわと反省が押し寄せてきた。
あのとき、もっと話を広げられたはずだ。沈黙のあとに笑いで場を和ませることもできたはずだ。用意していた話題を一つでも出せていれば、もう少しましな時間にできたはずだ。
家に着いた瞬間、ソファに倒れ込んだ。
疲れた。こんなに疲れたのは久しぶりだ。
緊張というのはこんなにエネルギーを使うものだったのか、と今さら知った。
でも、「次があれば」と思えた自分がいた
落ち込んだのは事実だ。
「あそこでこう言えばよかった」「もっとちゃんとできたはずなのに」という後悔が次々と浮かんでは消えた。
でも同時に、不思議と「また会いたい」という気持ちも残っていた。
うまくいかなかった。でも楽しくなかったわけじゃない。むしろ久しぶりに誰かと向き合って話して、それ自体が悪くなかった。
そして気づいた。緊張するのは、それだけ真剣だということだ。
どうでもよかったら、こんなに緊張しない。こんなに落ち込まない。
53歳になってこんな気持ちになれることが、少し意外だった。
次回に向けてやってみること
今回の一番の失敗は、「うまくやろうとしすぎた」ことだと思う。
失敗したくない、変に思われたくない、ちゃんとしなければ——そういう気持ちが強すぎて、かえって頭が動かなくなった。
次があれば(あってほしい)、今度はもう少しだけ「失敗してもいい」という気持ちで臨んでみたい。
沈黙が来たら「私、緊張してしまって」と正直に言ってみてもいい。用意した話題が出てこなくても、その場で思ったことを素直に話せばいい。
完璧なデートより、素の自分で話せる時間のほうが、相手にも伝わるものがあるはずだ。
Aさんからその後連絡が来るかどうか、私にはわからない。
でも今は、来てほしいと思っている。それだけで十分だ。
次回の撃沈日記⑤では、デートから数日後のLINEのやり取りについて書く予定です。果たして返信は来たのか——続きをお楽しみに。